コラム

癒される話や感動をする話|精神的に病んでる時は口コミで!

癒される話や感動する話を♪

感動することと心が癒されること、それに笑うことには実はそれぞれ深い関係性があります。この3つはどれも相互関係にあり、感動する体験をしたり笑うことで心が癒されます。そして心が癒されると、さらに感動したり笑いへとつながります。私たちの感情にはそれぞれ深いつながりがあるという事です。

つまり心をゆさぶるような感動する話やジーンと来るような話、クスッと笑える話をたくさん読んだり聞いたりすれば、私たちの日々の生活ですさんだ心は癒され、もう一度暖かな優しい気持ちになることができるのです。

また心が刺激され癒されることで、さらに脳は活性化して感性や愛情が豊かになるのです。

でも普段ふつうに生活していると、耳にはいってくるのはイヤなニュースばかりです。感動するような出来事にはなかなか直面しません。だからこそ、意識して感動するようなできごとや、癒される話を探していかなければならないのです。さらにすべてを忘れて笑えるような事柄を読んだり聞いたりする必要があるんです。

皆さんの心の癒しになることを願って、ここでは感動したエピソードや心温まる癒される出来事、クスッと笑ったりできるような体験談を掲載します。ぜひ普段の日常を忘れて心を癒される体験談に向けてみてください。

☆ポイント☆

家族や親への感謝、ペットや動物とのふれあいなどは感動することが多いものです。時折自分の家族や親からどんなにお世話になっているのかを振り返ってみるのも、幸せな気持ちを持つ助けになりますよね。

社員と家族のために

社長私が尊敬し、そして感謝している社長さんの話です。奥さんが亡くなられて、子ども達3人を育てている方ですが、だいたい50代くらいになります。最初は店舗を一つだけもっていて、いろんな販売などをしていました。

そして今では3つになり、アパートも建てています。どうしてそんなに発展しているかというと、為に生きているからです。私も一時期はその店舗で仕事をしていました。しかし社長さんとは名ばかりで、いつもボロの服を着て、古い車に古い携帯にと見た目は安月給のおじさんという感じです。

それで何にお金を使うかというと、社員の給料とその家族の為です。景気がそれほどいいとは思ったりしていませんでしたが、いつもボーナスをはずんでくれるし、年に一度は社員皆の家族と共に社長さんの子ども達と1泊2日の旅行に行くのですが全てタダです。

それだけでなく、定期的に食事もおごってくれたり、いろんな点で親切にしていただきました。お金に困った月末などには利息なしでお金を貸してくださったこともあります。

それでいつも申し訳なさと感謝の気持ちで、「とにかく一生懸命に仕事をして、少しでもその社長さんとご家族に恩を返したい!」と思い頑張りました。

そういう社員の想いがあったからだと思うのですが、会社はというと日に日に発展して数年ごとに店舗が増えるのです。そしていつも黒字でした。私がお嫁に行って辞めることになった時は、社長さんからもお祝いをかなりいただきました。

そしてそれから久しぶりに会った時は4階だてのアパートを建てていて、一階に自分達が住むんだけど上の階には生活が大変な職員や、外国人労働者などを安い賃金で住まわせてあげるために建てたんだといってました。いついっても人のために尽くしている社長さんなんです。

なかなかそうできないと思うのですが、そうやって親身に職員を思う心が会社を限りなく発展させているんだと思います。儲け第一主義というのではなく、人のために尽くすことで、信頼や繋がりができて社員もやる気が出て、最終的にはいいことがつながっていくんだと思います。

わたしにとって人に親切にすることの大切さを教えてくれる感動的な社長さんです。他の人のために行った親切や愛情はちゃんとブーメランのように帰ってくるんですよね。

あおいくまの話

社会人になり、仕事を成功させないとと躍起になっていたときの話です。私は就職して数年でとあるお店の店舗責任者になりました。そこでは他店や前期とも比較されますし、結果をださなければ店舗自体も傾き従業員の生活にもかかっています。もちろん上司はおりますが、店舗では私が長でした。

どうにかいい結果を出し続けなければと考え、がむしゃらに仕事をしていましたが気持ちだけが前に進み空回りする日々がつづきました。そんなとき、ふとテレビをつけたときに紹介されていたのが、母さんの「あおいくま」の話でした。

これはモノマネタレントのコロッケさんのお母さんが貧困時代だったコロッケさんに送った言葉の話です。あせるな、おこるな、いばるな、くさるな、まけるな、の頭文字をとって「あおいくま」です。これを心がけていれば必ず結果がついてくるから負けずにがんばりなさいというお話です。

どんなときもあせってはいけません。あせればあせるほど深みにはまっていきますから。逆にゆっくりでも着実に一つ一つのことをこなしていけば、必ず結果がついてくるものです。いばるな。おこるな、くさるなは当然のことのようですが、忙しい日々が続くと徐々に薄れていくときがありますが、この本を読んでからは常に自分の人生の指針にしています。

この話を知って一人焦り空回りしていた自分に気づき、一歩離れたところから自分を見つめなおすことができ、仕事を仲間と着実にこなすことができるようになり、店舗も軌道にのるようになりました。新しい道に進もうとしている方、今悩んでいる方に是非知ってほしい感動的な言葉「あおいくま」の話でした。

悩んでいる方が、現状をあきらめるのではなく「あおいくま」の精神で現状を打ち破って成長と喜びと幸福につながっていくように願っています。

人目につかないとしても努力と忍耐は決して裏切らないと信じています。

異国で一人の女の子から

主人の転勤が決まり、異国の新しい都市に移住したのですが、時差が4時間も異なる為に時差ボケも酷く、体調を崩しているなかで家族も友達もまったくいない為、寂しい日々を過ごしていました。また、主人は仕事が朝早くから夜遅くまでで帰宅しては夕飯を食べて寝るという毎日です。

ある日、ショッピングに出かけた際に一人の女の子に出会いました。その子は、高校を卒業してすぐに海外に留学したいという夢の元でこの国に来て、家族も友達もいない中で一人で学校に通い、一人で仕事を見つけ頑張った結果、今では沢山の友達も出来て満喫した暮らしをしているとの事でした。

その子に私はこの都市についたばかりで、気温もマイナス20度前後の世界のなか外に出るのも億劫で出会いを避けている状態だが、寂しい暮らしをしているというと、私も最初は一人で毎日泣いていたけれど、ほんの少しの努力と勇気と時間が解決してくれるからっと励ましてくれました。

私は、焦ってはいけないなっという事と、その子の様に学校に行く予定はないですが、仕事を探している最中ですので、きっと職場からの友達やこの子の様にふとした場所からの出会いまで可能性は沢山あるなっと思い頑張ろうっと励まされました。

10歳以上も歳の離れたその子との出会いは私にとって一つの感動した出来事でした。世の中には高校を卒業して大学や就職をしなかった子達を「現実から逃げた」と言う人もいます。実際にはそういう子もいるかもしれません。

でも、例え逃げたとしてもその子たちなりにきちんとした理由があるんだと思います。逃げなければいけないと感じさせるだけの怖い思いや悲しい出来事があったのだと思います。それを他の人たちが裁くべきではないと感じます。その子たちから励まされたり勇気づけられる人もいるからです。

私は実際にその女の子のおかげで勇気が出て心も癒され今では体調もよくなり生活も楽しくなってきました。

きっとこれからも落ち込むことがあったり疲れ果てたりすることもあると思うんですけど、そんなときにこの子のことを思い出すと、前に向かって進んでいけそうな気がします。本当にこの女の子には感謝の一言です。ありがとう♪

電車の中で優しい親切

感謝してる女子高生私は学生の時いつも友達と二人で学校まで電車で通っていました。一緒に通っていた子はなぜか朝はよくお腹が痛くなる子でした。初めて学校に行く時も電車に乗っている最中にお腹痛くなってたくらいです。その時は初めて学校に行くし私とも知り合い程度なので緊張してるんだろうなくらいに思ってました。

でもそれが結構続くんですよね。私が電車に乗るときは出だしのところなので座席に座れるのでいつもお腹痛いって言うときは席を代わってあげたりしてたんですけどたまたま私も座席に座れない時があってそんな時にお腹痛いって言い出してその時はその場でうずくまりそうな勢いだったんですよね。

途中の駅で降りる提案もしたんですけど、その子が真面目にどうしても学校行くって言うので、そのまま我慢するって話をしてた時なんですけど目の前に居たサラリーマンの人がすっと立って「座りな」って言ってくれたんです。

いつもその人一緒の電車乗っててまだその人降りる駅でもなかったし言ったら失礼ですけど、あんまりいい雰囲気の人じゃないんで苦手な人だなぁって思ってたんですけど、まさかそんな人が席を譲ってくれるなんて思ってなかったし、学生だった私は本当にこういった事をしてくれる人って居るんだなってびっくりしたし感動もしました。

私は隣にいただけだったけどその日一日はとても気分がよかったのを覚えています。優しくしてもらった人だけじゃなくて周りも穏やかに癒しを与えることが出来るっていいなって思いました。

自分さえよければという風潮が多いですが、やっぱり周囲の人々にも好影響を与えてみんなで仲良く幸せを分かち合うような世の中にならないとだめです。そのためにも、その人のような利他的な人になりたいと思いました。

敵をも愛しなさい

10年以上前の話でアイルランド留学中のことです。ホームステイ先のファミリーと一緒にクリスマスイブのミサに出かけました。そのミサは地域の大きな教会で行われるもので、盛大なミサでした。日本人の私は仏教徒ですから、しきたりも分からずにただぼんやりしていました。

周りの人達は皆カトリックで司祭様の話と合図で、何か唱えたり、立ったり座ったりしていました。私もみよう見まねでミサに参加していましたが、異教徒であるが故にかなりの違和感を感じました。ただ、キリストの教えに隣人愛というものがあり、「イエスはあなたの敵をも愛しなさい、あなたを迫害するものをも愛しなさい」という一説があるそうです。

その一説を司祭様が話された後に、見ず知らずの隣の人と握手をしてハグをするという場面があったのですが、隣のお姉さんが私と握手をし、ハグもしてくれました。その時、私は緊張のあまりに手にじっとりを汗をかいていたので、さぞかしお姉さんは気持ち悪かったろうなと思います。

現在、世界のあちこちで紛争などありますが、もし、世界のみんながこの時のお姉さんのようにやさしい気持ちであれば、紛争など起こらないのではないかと思います。みんなが癒される世の中に近づくと思います。

宗教も本当は何教であろうが、人が本来持っている優しさは変わらないのだと思います。ミサの帰り際、それまで物乞いには一切お金を恵まなかったホストマザーが教会の外で佇んでいた物乞いの少年にコインを渡していました。

聖書っていい言葉がたくさんありますし、世界的な影響も大きいので、みんながもっとそうした大事な言葉を大切に敬意をもっていけば世界はきっと変わっていくのではないかと思います。仲良く生活するためには国単位での努力ではなく、すべての人が自分でできる所から変わっていくことだと思います。お金や仕事だけではない世の中になっていってほしいですね。

金魚をのお礼に

昨年のゴールデンウィークに外で飼っている金魚が卵を産みました。ネットで調べると初心者には難しく成魚になるのは数匹だろうと書いてありました。ダメもとで卵が産み付けられたホテイアオイを別のタライに移してみました。

1週間程すると無数の稚魚が孵りました。ネットを調べ、金魚の養魚場にも行き稚魚の育て方を教えて貰い試行錯誤でやっと3センチ位になりました。中には成長が遅くまだ2センチ位のものもいますが全部で200匹位大きくなりました。数匹が成魚になるのだろうと思っていたので想定外の生存率で全てが大きくなったら飼いきれないと幼稚園や近所の方々に餌を付けて差し上げました。

近所の大きなお庭があるお宅のお婆ちゃんに「金魚いりませんか?」と声をかけたら「金魚鉢がないからね」と断られてしまいましたが暫くするとそのお婆ちゃんが透明なガラスの花瓶の様な物を持って現れました。「これなら金魚飼えるよね」と嬉しそうに言うので金魚を3匹入れて差し上げました。「餌をあげますからね」と家に入って戻ってきたらお婆ちゃんは自分でもう1匹すくっていました。

小さな器に4匹は多いのでないかと思ったのですが「玄関の下駄箱の上に置こうと思ってね、ああ可愛いね」「水は1週間に1度でいいので半分位取り替えて下さいね」「わかったよ」とお婆ちゃんは大事そうに抱えて帰って行きました。

2か月程するとまたお婆ちゃんが「奥さん奥さん」とドアを叩くのです。金魚死んじゃったのかなと思いました。外に出るとブラスチック製の薬を飲む小さなコップを出して「ちょっとでいいから金魚の餌をくれる?もう死んじゃうからそんなにいらないよ」「死にそうなのですか?」「元気だよ、でもすぐに死んじゃうから、あたしじゃないよ金魚だよ」「沢山持って行ってくださいよ、長生きさせて下さいよ」。

少しピントがずれていて話が可笑しくて思わずサービスして餌をコップに山盛り入れて差し上げました。「悪いね、これウチになったレモン。紅茶にでも入れてね」とレモンを3個くれました。

お婆ちゃんの話ではテーブルに置いたり下駄箱に上に置いたり人がくれば小さな金魚を見せて可愛がっているそうです。不思議な事に金魚を差し上げるとお礼に金魚の餌、ジャム、つくだ煮、お肉等を頂き「わらしべ長者」のお話の様です。

金魚がそこの家で可愛がられて、そして後日談を聞くとほっとして幸せな気持ちになります。なんだかクスッと笑えて私の癒しとなっている金魚とお婆ちゃんの話でした。

人生に喜びを

皆さんは人生の中で、ふと(なんで生まれてきたんだろう?)と思ったことがあると思います。何のために生きて、何を目標に持って、何をしていけばいいのか、なかなかわからない。という人も実は結構いたりするものかなと私は思っています。

今回は、生きる喜びをみんなに持ってほしい。というテーマに書いていきます。みんなはどのようなことに、人生の喜びを持っていますか?家でなんとなくゲームしたり、店で買い物したり、カフェに行ったり、たまに遊園地で遊んだりとか、そんなことしているかと思います。

ですが、人生にとって大きな喜びとは何なのかと考えたことありますか?人生においての大きな喜びというのは、「成長していく」ことにあると私は思っています。何か一つのことを極め、とことんきわめていき、自分を高めていく、それにこそ大きな喜びがあるかと思います。

何を極めればいいのかわからない。という人もいるかと思いますが。なんでもいいです。音楽好きならピアノ、ギター、ドラムやその他、作家なら多くの人の心を揺さぶるような作品を追求していってもよいでしょう。パソコンが好きならIT系の知識をつけて専門分野を見つけ、とことん追求していくのも面白いと思います。

自分の得意分野を見つけ、とことん一つのことを極めていけば、いつかそれは周りの人から評価されるでしょう。評価されないとしても、自分で極めたという満足感があるので他の人の評価を気にせずにいられます。何かに打ち込むことからしか得られない満足感や喜びがあるので、そうした気持ちをしってほしいと思います。

植物の成長が生活のハリです

子供が中学生になり、親が世話をすることも減りました。ご飯を作り洗濯するくらいなので最近妙にさみしくてなりません。子供が成長してペットを飼う人がいますが、その気持ちよくわかります。

でも我が家は家族が動物なんかのアレルギーの為買えません。そこで私は花を育てることにしました。秋に、長く成長が見守れる球根植物を数種類選び庭にたくさん植えました。早く芽が出るものは2週間くらいで葉がでてきました。そうなるとその成長が楽しみで毎日観察してお世話しています。

虫が付かないように害虫除けを施したり、雑草を抜いたり、一緒に植えたスミレの花摘みをしたり毎日何かしらの変化が見れて本当にやりがいがあります。しかも子供と違って花は文句も言いませんし、雨が降っても気温が変わっても健気に生きているんです。こんなに楽しいなら早く始めればよかったです。一番大きな花のチューリップが咲くのはもう少し先のようです。

チューリップは咲いてしまうと散るのは早いので短い間の花の絶頂期を見るのが今から楽しみです。もっと暖かくなってきたら今度は野菜を植えようと計画中です。何かを育てるのは本当にいいですね。生活にハリが出てきました。

母が準備してくれていた訪問着

訪問着と聞いてすぐに思い付くものは、着物の訪問着ですよね。最近10歳離れた40歳超えの姉が親戚の結婚式で着物を着たいと言いだし、「着物なんて実家にあったかしら?」と言いながらも二人で実家に行って見ました。

二人で実家に行った訳は、我が家は両親共に病気で他界していた為、たまに様子を見に実家に行くもののほぼ空き家の様になっており、二人で着物を探す為に実家を訪れたという訳です。埃臭い実家に入り、実家の2階へ行き着物があるであろうタンスを探すとそこには着物の入った袋に、「姉〇〇、訪問着」、「私〇〇、訪問着」と2着分の訪問着がありました。

母は私たち姉妹の為に訪問着を購入し保管していたのでした。私が中学の頃、母が「着物購入しておいたわよ。」と言っていた事を思い出しました。しかし若かった私たち姉妹は、着物の価値が分からず「ふぅ~ん。」くらいにしか聞いていませんでしたが、訪問着は結婚する際に結納で着たり、子供の七五三のお参り、卒入学式に来て行ける着物、そして女性が比較的若い時に着る着物として二人分しっかり用意されていました。

着物を見つけた私たち姉妹は母がそっと用意していてくれた着物を見て癒され涙が止まりませんでした。着物を着なくなった時代ですが、現在私の長男の七五三の家族記念写真やお参りに訪問着を着て思い出の1ページが出来ました。他界してなおも親の思いに気付かされ、いつか自分の子供にも同じ様に何かを残してあげようと思った出来事でした

子供たちに将来養ってもらうと考えるのではなく、最後まで親としての愛情を子供たちに注げたらなと思っています。できれば自分の事は自分で全部して死ねたらいいですよね。

愛にあふれたお菓子屋さん

ある日私はサークル仲間への差し入れのため、近くのお菓子屋さんへケーキを買いに出かけました。そこは元々ご主人がされていた小さなお店ですが、現在は亡くなられたご主人の遺志を継いで奥様が切り盛りしています。「将来は息子が継いでくれるのよ。それまで私もがんばらなきゃね。」と幸せそうです。

お店に入ると小さなお客様が一人。妹にバースデーケーキをプレゼントしたいとお兄ちゃんが一生懸命ケーキを選んでいたのです。しかし、残念なことにケーキを買うには彼の手持ちのお金では少し足りないことがわかったのです。彼の残念そうな顔に、思わず「足りない分、出してあげようか。」ということばが出そうになりました。

しかしそうするとお店の方を傷つけてしまうかもしれません。長い目で見ると彼のためにもよくないかもしれません。悩んでいるところに高校生の息子さんが帰ってきました。「ゆきくんどうした?」「・・・」事情を察したのか、「ゆきくん、ちょうどよかった、ちょっとお兄ちゃんの手伝いしてくれん?」と息子さんはにっこり笑って焼き菓子の入ったかごを差し出したのです。

「これをそこのテーブルに並べて。」一瞬怪訝な表情をしたものの、ゆきくんと呼ばれた男の子はお菓子を丁寧に並べ始めました。そして並べ終わるとそっとかごを息子さんに渡しました。「ゆきくん、ありがとう。ゆきくんがお仕事がんばってくれたから、お兄ちゃんがおこづかいをあげるね。」と言って、不足分のお金を渡したのです。

ケーキを買って大喜びで帰っていくゆきくんとそれを笑顔で見送るお菓子屋さんの親子に心がほんのり温かく癒されました。小さいけれど愛にあふれたこのお菓子屋さん、いつもお客様の笑顔が絶えません。ご両親が築いてこられたこのお店で彼も大きな愛と癒されるパワーを人々に与え続けるのかもしれません。

父が倒れて思うこと

1週間ほど前、実父が脳出血で倒れたんですよ。正直ショックではありましたが、もう高齢ですし幸い命に別状なく、ちょっと左側に麻痺が残るかも知れないけれどリハビリである程度は回復できるでしょうとのことでホッとしています。

父はお酒が大好きで、友人との付き合いをとても大切にする人です。健康自慢で、まさか自分が倒れるなんて想像もしていなかったと思います。お金使いがあらいところがあり、いつも朗らかでしたが母はいつも手を焼いていました。私も、子どもとしてはこの先ちゃんと生活できるお金があるのかしらとヒヤヒヤしていました。

そんな父が倒れて病院生活を送るのを見て、やっぱり元気な時に自由にしてもらっていて良かったなあと思うのです。時には私にもお金の用立てを頼んでくる、困り者の父でしたが性格はいたって温厚でした。今、体が不自由になっていく可能性もありますがやりたいことは、すべてやってこれた人生だったのではないかと思います。

私は結婚に一度失敗し、若い頃からたくさん両親に迷惑をかけました。父との残されている時間はもしかするとそう長くはないかもしれません。あんなに健康だった父が倒れたことで自分自身の人生をどう生きていくかについても考えさせられるものがありました。残された時間はできることだけでも親孝行していきたいと思っています。そして母の支えにもなりたいと思います。

★まとめ★

周囲に目を向けると、目立たなくても必死に頑張っている方が多くいることが体験談からもよくわかりました。そうした方々に敬意と感謝をもって接すれば、もっと住みやすい世の中になるかもしれませんね。

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